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好きだけでは、続けられないこともある

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我慢とあきらめは違う

我慢とあきらめは違う。自分を押し殺してまで続ける恋愛が、本当に必要なのかを考えてみます。

こんにちは。ねこです。

50代でも、恋愛は始まります。

話が合う。一緒にいて楽しい。久しぶりにときめいた。

始まったばかりのころは、それだけで十分です。

でも、付き合いが長くなると、相手のいいところだけを見ているわけにはいきません。

会う頻度、連絡の取り方、お金の感覚、仕事、家族、健康、住んでいる場所。

好きという気持ちだけでは片づけられないことが増えてきます。

50代の恋愛は、始めるより続けるほうが難しい。ねこは、最近そう思い始めています。

若いころより大人になったはずなのに、恋愛だけは、なかなか簡単にはいきません。

目次

50代には、それぞれの生活がある

50代になると、自分の生活がすでに出来上がっています。

仕事があり、家族がいて、一人で過ごす時間も必要です。

親の介護や、自分の体調の問題を抱えている人もいます。

恋人ができたからといって、すべてを相手中心には変えられません。

もちろん、相手にも相手の生活があります。

会いたくても、仕事や家族の事情で会えないことがあります。

連絡の取り方も人それぞれです。

毎日やり取りしたい人もいれば、用事があるときだけで十分だと思う人もいます。

どちらが悪いという話ではありません。

ただ、いつも片方だけが合わせていると、だんだん不満がたまります。

50年以上かけて出来上がった人間同士です。

今さら大幅な仕様変更はできません。

ねこは、ご存じの通り遠距離恋愛です。それも外国。

今、パートナーのダリ吉はトラブルを抱えています。だから、あまり連絡したら悪いかなと思い、LINEで「おはよう」のスタンプを送るだけの日がほとんどです。

ダリ吉からも、「おはよう」のスタンプが返ってくるだけ。

ふと、これって何だろうと思ってしまいます。かなり虚しい気分になります。

続けるために必要なのは、きれいごとではない

恋愛を続けるには、相手を思いやることも必要です。

でも、「思いやり」という言葉だけでは何も解決しません。

嫌なことは嫌だと言う。会いたいなら会いたいと言う。連絡が少なくて寂しいなら、それも伝える。

黙って我慢して、相手が気づくのを待っていても、たいてい気づきません。

話し合っても、お互いの希望がすべて通るわけではありません。

それでも、自分の気持ちを伝えられる関係でなければ、長く続けるのは難しいと思います。

リストにしてみると、ねこにも当てはまることがありました。

嫌だと思ったことを言わずに我慢する。連絡の頻度をダリ吉に合わせる。自分よりも、ダリ吉の事情を優先する。将来の話も、まだきちんとできていません。

でも、「今もこの人と一緒にいたいか」だけは、迷わず◎です。

我慢とあきらめは違う

恋愛には、多少の我慢が必要です。

相手が忙しい時期なら待つ。家族の事情があるなら、会えないことを受け入れる。今回は自分が譲ろうと思うこともあります。

我慢は、自分が納得してやるものです。

この人と続けたいから、今回は受け入れよう。

そう思えているなら、自分で選んだ我慢です。

でも、あきらめは違います。

言っても無駄。どうせ変わらない。考えるとつらいから、もう見ない。

これは我慢ではありません。

自分の気持ちを放置しています。

あきらめているのに、別れずに関係だけを続ける。

ねこは、それを心のネグレクトだと思っています。

寂しい。会いたい。もっと大切にしてほしい。本当は傷ついている。

そんな自分の気持ちを、なかったことにする。

相手だけではなく、自分まで自分を雑に扱ってしまっています。

ねこは先月、ダリ吉に会ってきました。

将来のことをきちんと話せたわけでも、ねこの気持ちを全部伝えられたわけでもありません。

それでも、お互いの気持ちを再確認できたことは大きかったです。「もう少し待ってみよう」と思える理由になりました。

やっぱり、頭の中でぐるぐる考えていても結論は出ないので、「ダメなら別れよう!」って、もう清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟で話をしました。

やっぱり、ちゃんと話すっていうことは大切なんだなって思いました。

まぁ、おかげで高い飛行機代を出して、ねこのお財布はすっからかんになりましたが…

見ないふりをするのは、防御反応かもしれない

なぜ、つらい関係を見ないふりして続けるのか…。

本当の気持ちを認めたら、別れを考えなければならないからです。ねこもそうでした。

別れたら一人になる。

連絡する相手がいなくなる。休日に会う人がいなくなる。もう次の恋愛はないかもしれない。

その怖さから自分を守るために、「今のままでいい」と思い込もうとする。

多分、それも防御反応です。

相手が必要なのか。一人になるのが怖いだけなのか。

そこは分けて考えたほうがいいと思います。

これは、かなり大事だと思います。ねこ達50代女子になると、「もう、出会いはないかも」「もう一度恋愛するのは面倒」とかいろいろな理由をつけて、楽なほうへ行こうとしてしまいます。

でも、続けることで心を削ることになるのなら、別れることで心を削ることになるのなら…どちらが良いのかをよく考えないと。だって、人生100年ならまだ真ん中あたりにいるんですよ。

もう終わりかもしれないと思ったら

関係が終わりに近づいているとき、必ず大きな喧嘩が起きるわけではありません。

むしろ、怒ることも、話し合うことも面倒になってきます。

「もういいや」と思う回数が増えたら、一度立ち止まったほうがいいかもしれません。

当てはまる項目があるから、すぐに別れたほうがいいという話ではありません。

ただ、見ないふりをしている気持ちがないかは、確認したほうがいいと思います。

ただ、相手に確認するのって勇気がいりますよね。特に、自分の気持ちが揺れているときや相手がちょっと信じられなくなっているけれど、自分は好きって気持ちがあるときは、確かめるのが怖い…。これって、50代だからじゃなくて、恋愛していれば当たり前だと思います。

別れた後の自分をイメージする

別れを考え始めると、別れた後のことも無意識に考えます。

一人になったら寂しい。連絡する相手がいなくなる。もう恋愛はできないかもしれない。

でも、失うものだけではありません。

連絡を待たなくてよくなる。相手の機嫌を気にしなくてよくなる。会えないことで落ち込まなくてよくなる。

自分の時間を取り戻せることもあります。

別れたら寂しいのか。

それとも、少しほっとするのか。

別れた後を考えることは、すぐに別れるためではありません。

今の関係が自分にとって何なのかを確認するためです。

ねこは、ダリ吉の気持ちを確認する前に、「ダメになったら、死んじゃうかもしれない」とまで思いました。でも、それは、今、ねこが家族間のトラブルを抱えているから、離れていても「家を出ても行くところがある」っていうのがなくなる恐怖だったのかもしれません。

本当に、この人が必要なのか

失いたくないのは、本当にその人でしょうか。

それとも、恋人がいる安心感でしょうか。

一人ではないという気持ち。50代でも愛されているという証明。もう次がないかもしれないという不安。

それらを失うのが怖くて、関係を続けていることもあります。

一緒にいることで自分を嫌いになる相手なら、必要な相手とは言えない気がします。

自分を押し殺さないと続かない関係も同じです。

付き合い始めたときに好きだったからといって、ずっと続けなければならないわけではありません。今は、大丈夫でも人の心なんて変わるものです。周りの環境が変わることだってあります。

好きでも別れなければならなくなることだってあります。でも、そのときの気持ちに正直でいたいなっていつも思っています。

50代の恋愛について、もう少し考えたい人へ

50代の恋愛では、ときめきだけでなく、安心していられることも大切です。

自分をなくしてまで続けなくていい

50代の恋愛は、始めるより続けるほうが難しい。

続けるためには、話し合うことも、譲ることも必要です。

でも、我慢とあきらめは違います。

自分が納得して選ぶのが我慢です。

何を言っても無駄だと、自分の気持ちまで放置するのがあきらめです。

別れた後を考えて、それでもこの人と一緒にいたいと思えるのか。

一人になるのが怖いだけではないのか。

一度きちんと考えて、それでも必要だと思える相手なら、続ける意味はあると思います。

答えが出ないときは、誰かに決めてもらうのではなく、自分が何を我慢していて、何を怖がっているのかを話して整理する方法もあります。

今日もお付き合いいただきありがとうございました。

ではでは。

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