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Café yakhtarが紡ぐ物語 第13話【後編】幽霊に会えるCafé

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トルココーヒーの上澄みにそっと口をつけ、一息ついたあと、彼は再び口を開いた。

「最近、涼子……あ、妹の涼子から手紙が来たんです。最初は放っておいた。何を今さらって。でも気になって読んだら、養父母が俺への手紙を全部握りつぶしてた。涼子もずっと寂しかった、会いたかったって。住所も書いてあった……」

カップから立ちのぼる湯気が、彼の涙に重なるように揺れる。目の奥に浮かぶ痛みと後悔が、言葉にならず胸を締め付ける。

手元のカップを握る指先が微かに震え、過去の記憶と今の感情が重なり合っていた。店内には、トルココーヒーのほのかな香りと、静かに揺れるハンギングチェアの影が漂う。壁にかかった小さなランプの光が、暖かく彼の肩を照らしていた。

「でも、俺は意地になって、連絡しなかった。何を今さらって……そのうち、警察から電話があって。涼子が事故で死んだって」

彼の目から、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちた。呼吸を整えようと肩を動かすたび、胸の奥の痛みが波のように広がり、心を押し潰す。

「もっと早く連絡していれば……。会いたかった。涼子は幸せだったのか……」

彼は震える手で財布を取り出し、一枚の写真を差し出した。指先に力が入るたび、長年胸にしまい込んできた思いが滲み出る。手紙と写真の存在が、過去の孤独や悔恨を一気に呼び覚した。

「でも、手紙にこれが入ってたんです。『私の大切な相棒で子供で恋人です』って。ふざけてるでしょう?」

そこには、真っ白で青い瞳の子猫を抱き、満面の笑みを浮かべる涼子の姿があった。マスターはまぶしい光を受けるように目を細め、写真の細部を確かめるようにじっと見つめた。男性の胸に湧き上がる愛しさと切なさが、静かな店内の空気に溶け込む。

「この方なら、一度いらっしゃいました。子猫が迷子になって、こちらで保護していたもので。名前は『空』だと」

「……ここに、来たんですか」

「ええ。とても幸せそうでしたよ。お兄様のことも話していました。ちょうど、その席に座って」

男性は今座っている椅子を、まるで大切な思い出を抱きしめるように、ゆっくりと撫でた。指先が触れるたび、涼子との日々の記憶が蘇り、胸が熱くなる。涙が頬を伝い、言葉にならない感情が溢れ出す。

しかし、その苦しみの奥には、かすかな温もりもあった。涼子が幸せだったことを知った瞬間、後悔と安堵が入り混じる複雑な感情が彼を包み込む。窓の外には雨の滴が柔らかく光り、店内の静寂と香りが、心をそっと包み込むようだった。

心の中で、もしあの時、少しでも勇気を出して連絡していたら——。涼子と笑い合い、喧嘩もして、ただ並んで歩く日常を過ごしていたら——。その想像が一瞬、彼の胸に光を差し込む。叶わぬ夢と知りながらも、目の奥で涼子の笑顔を追いかけた。

窓の外には、雨上がりの街灯が濡れた路面に淡く反射している。外の世界の冷たさと、店内の温かさがはっきりと対照を成し、男性の胸の中で感情が揺れ動く。

「やっぱり……幽霊に会えるCaféだったんですね。涼子と会ってくれて話をしてくれてありがとうございました」

と男性は、泣き笑いを浮かべながら立ち上がり、マスターに頭を下げ、ドアを開けようとしたとき、マスターが思い出したように「涼子さんとお兄さんは、笑ったお顔がそっくりですね」とつぶやいた。

それを聞き、男性は照れくさそうな笑顔になって雨に濡れた街へと歩き出す。歩幅はゆっくりだが、その背中には少しずつ軽さが感じられた。

過去の痛みを抱えながらも、前に進もうとする意思がそこにあった。振り返らずに進むことが、涼子への最後の贈り物のように思えた。

一人残ったマスターは、懐かしそうにハンギングチェアを見つめ、そっとつぶやいた。

「二人とも……幸せそうで、本当に良かった」

店内にはコーヒーの香りが静かに漂い、かすかな暖かさが残されていた。壁に映る柔らかな灯りが、過去と現在をそっとつなぐかのように揺れている。椅子やカウンター、窓の外の景色すべてが、静かに残された物語を見守っているかのようだった。

男性は歩きながら、ふと写真を握りしめる手を緩め、深く息を吐いた。悲しみの中に光を見つけたその瞬間、心の奥で小さな希望が芽吹いたようだった。街灯に照らされる濡れた路面が、彼のこれからの歩みに微かに道標を示しているかのように感じられた。

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