本音は、話そうとすると、するりと手から落ちていく。
みなら話せる。でも、自分でもつかめない本音を、誰かに話すことなんてできるのだろうか。
こんにちは。ねこです。
時々、「本音で話そうよ」と言われることがあります。
「ねこさんは、本当のところ、どうしたいの?」と聞かれることもあります。
そんなとき、ねこは曖昧に笑うしかありません。
別に、本音を隠しているわけではありません。相手を信用していないわけでもありません。
ただ、自分でも自分の本音がわからないのです。
自分の本音がわからない
ねこは、いつも迷っています。50代にもなって迷走しています。
いつも怒っているし、いつも「もう無理」と思っています。それなのに、同じ心の中で「もう少し頑張ろう」とも思っている自分がいる。
今いる場所から離れたいと思う一方で、離れたあとの不安もある。誰かにそばにいてほしいと思う日もあれば、誰にも関わってほしくないと思う日もあります。
どちらが本音なのかと聞かれても、どちらも本音なんだと思う。
そして、どちらも次の日には変わっていることだってある。
だから、「本当はどうしたいの?」と聞かれても答えられません。
どうしたいのかわからないから、いつも心の中でもやもやしているのです。
悩みと本音は違う
ねこは、悩みと本音は違うと思っています。
悩みは、人に話すことができます。
けれど、人に話せる段階まで来た悩みは、すでに自分の中である程度、結論が出ていることが多いのではないでしょうか。
本当に欲しいのは、相手の意見ではありません。
「それでいいと思うよ」
「あなたは間違っていないよ」
そう言って、自分が出した結論を肯定してほしいだけなのかもしれません。
だから、相談した相手から反対の意見を言われると腹が立つ。
相談しているように見えて、実際には背中を押してほしかっただけだからです。
悩みは、考えて、考えて、考え抜けば、一応の結論が出るかもしれません。
もちろん、その答えが合っているのか、選んだあとも自問自答は続きます。
でも、本音は違います。
本音は、心の底でもやもやしているだけで、はっきりした形を持っていません。まるでスライムのよう。
つかんだと思って言葉にしようとすると、するりと手から落ちてしまいます。
人と話していると、突然、本音らしきものが見える
人と話しているとき、心の底にあったものが、ふっと形を作ることがあります。
「あ、私、本当はこう思っていたんだ」
「こんなふうに感じていたんだ」
それまで自分でも気づいていなかった感情が、突然、言葉になる瞬間です。
でも、ねこはそれを口にはしません。
その気持ちに気づいたからといって、どうすればいいのかがわからないから。
自分でも扱い方がわからないものを人に渡したところで、相手にもどうしようもありません。
本音を話せば楽になるというのは、少しきれいすぎる話だと思います。
話したことで余計に傷つくこともある。否定されることもある。勝手に解釈されることもある。
そして何より、相手には相手の人生があります。
どれだけ仲が良くても、所詮は他人事
友達から「今の状況で本当にいいの? 一緒に考えようよ」と言ってもらうことがあります。
心配してくれていることはわかっています。優しさで言ってくれていることもわかっています。
それでも、ねこは曖昧に笑ってやり過ごします。
どれだけ仲の良い友達に話しても、所詮は他人事だからです。
そのときは真剣に聞いてくれるかもしれません。一緒に怒ってくれるかもしれません。泣いてくれることだってあるかもしれません。
でも、ねこの人生を肩代わりしてくれるわけではありません。
「じゃあね。またね」と別れたら、その子にはその子の生活があります。
帰る場所があり、待っている人がいて、次の日にやることがあります。
ねこの悩みは、ねこの中には残り続けます。そして、本音がわからないままもやもやし続けるんです。
だから、少し意地悪な言い方をすれば、友達に話した悩みは、その日の夜の酒のつまみになるだけです。
それが悪いとは思いません。
人は、他人の人生まで背負って生きることはできないからです。
だから、人の深い悩みも聞きたくない
ねこは、人の悩みを積極的に聞こうとは思いません。
冷たいと思われるかもしれません。
でも、その人の人生を背負えないからです。
ねこが「こうしたほうがいいよ」と後押ししたことで、その人がもっとつらい状況になるかもしれません。
反対に、うまくいくこともあるでしょう。
けれど、その選択の先で何が起きても、ねこは責任を持てません。
結局、言えるのは「無理しないでね」「きっと大丈夫だよ」「自分の気持ちを大切にしたほうがいいよ」という、間違ってはいないけれど、責任も取らない言葉です。
そんな上っ面のことを言う自分が嫌になります。
だから、できるなら、一緒に飲みながら「ああでもない」「こうでもない」と言って、最後には笑えるくらいの悩みがいい。
ねこ自身も、友達にはそんな悩みを差し出しています。
本当の意味で、酒のつまみになる程度の悩みです。
軽い悩みの中に、本音を少しだけ混ぜる

ただ、何でもない話の中に、ほんの少しだけ本音を混ぜることがあります。
冗談のように話して、相手の反応を見るのです。
気づいてほしいような、気づかれたくないような気持ちで。
でも、友達は笑って、そのまま話を流します。
きっと、ねこも同じことをしています。
友達が何でもない話の中に混ぜた本音を、本当に何でもない話だと思って、笑ってやり過ごしているのでしょう。
本人にとっては、心の底から絞り出した言葉でも、他人には簡単に聞き流せます。
相手が冷たいのではありません。
本音は、本音だと気づけるほど、はっきりした形をしていないのです。
二択でも、人生の正解はわからない
たとえば、「別れるのか、別れないのか」「大学に行くのか、行かないのか」という二択なら、結論は出しやすいように見えます。
でも、どちらを選ぶのかは悩みます。
別れれば、別れたことを後悔するかもしれない。別れなければ、別れなかったことを後悔するかもしれません。
大学に行けば、別の道を選べばよかったと思うかもしれない。行かなければ、あのとき行っておけばよかったと思うかもしれません。
選ばなかったほうの人生を生きることはできません。
だから、自分の選択が正しかったのか、比べることもできません。
ねこは、人生って、生きているだけでギャンブルなんだと思っています。それも、賭けているのは自分の人生。勝ったか負けたかわかるのは、人生の土壇場だと思っているから、ある意味、楽しもうとも思えるんです。
だから、正解を確認してから進むことはできません。そのときの自分が選んだほうに賭けるしかありません。
本音がわかれば正しい選択ができる、というものでもないのです。
オッズが低くても勝負することもあるし、勝ちがわかっていてそれに乗ることもある。それってもはやギャンブル以外の何物でもないけど、人間は、そのオッズを上げるために結構、頑張っていることもあるんですよね。
誰にも話せないときは、知らない人に話す方法もある
「本音って、いったい何なんだろう」
そんなことを考えているときは、自分で思っている以上に、心が疲れていたり、少し弱っていたりすることもあるのかもしれません。
けれど、誰かに相談したくても、何をどう話せばいいのかわからない。知り合いや友達、家族には、かえって話しにくいこともありますよね。
そんなときは、顔の見えないカウンセラーに話してみるという方法もあります。
顔が見えない相手だからこそ、うまく話せなくてもいい。きれいに説明できなくてもいい。ただ、今思っていることを少しずつ言葉にしていくうちに、自分でも気づいていなかった本音が出てくることもあるのかもしれません。
実は、ねこも一度、カウンセリングを試してみたことがあります。
こちらの話をしっかり聞いてくれて、頭の中で絡まっていた気持ちを、少しずつ整理する手助けをしてもらえたように思います。
知り合いや友達、家族には話しにくいことでも、自分のことを知らない相手だからこそ、素直に話せることもあるんですよね。
誰にも言えないモヤモヤを抱えている人や、自分の気持ちを一人では整理できないと感じている人は、一度試してみてもいいかもしれません。
最後まで残るものが、本音なのかもしれない
結局、人間は、一人で生まれて、一人で死んでいきます。人間だけでなく、この世に生きているものすべてかもしれないけど…。
そして、人は、生まれてから死ぬまでの間に、たくさんの人と出会います。友達ができるかもしれない。誰かを好きになるかもしれない。パートナーと長い時間を過ごすかもしれません。
一緒に笑ったこと、泣いたこと、腹を立てたこと。二人にしかわからない物語や、毎日の生活が積み重なっていきます。
そのときには、それが確かに人生そのものだったはずです。
でも、ねこママを見ていると、大切だった人も、出来事も、暮らしてきた時間も、少しずつ忘れていくんだってわかってきます。
昨日のことを忘れ、昔の出来事と今が混ざり、ずっと大切にしてきたものの輪郭も薄くなっていきます。
ねこママを見ながら、最後には何が残るのだろうと思います。
名前も、思い出も、誰かと生きた物語も忘れてしまったあとに、何が残るのかな。
理由は忘れても、なぜか安心するもの。
理由はわからなくても、なぜか怖いもの。
会うとうれしい人。そばにいると落ち着く人。
頭では忘れてしまっても、心や体のどこかに残っている感情。
もしかしたら、最後まで消えずに残っているものが、その人の本音なのかもしれません。
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結局、本音は、自分にも簡単にはわからない

ねこには、本音を話せる人はいません。
自分の本音が、自分でもわからないからです。
本音は、心の奥に隠している完成した答えではありません。
いつも迷い、怒り、「もう無理」と思いながら、それでも「もう少し頑張ろう」と思っている。
矛盾した気持ちが、心の底でずっと動いています。
人に話したところで、相手が答えを出せるわけではありません。相手に人生を肩代わりしてもらうこともできません。
だから、本音を話せないことを、悪いことだとは思いません。
本音は、無理に話すものでも、簡単にわかってもらえるものでもないんだと思う。
自分でもわからないまま、心の底に残り続けるもの。
そして、人生の最後にいろいろなものを忘れてしまっても、それでも消えずに残っているもの。
それが、本当の本音なのかもしれません。
ねこは、いつも本音って何だろうって考えるときに思い出す歌があります。
べただけど、中島みゆきさんの「孤独の肖像」です。
本当にあの歌詞の通りだと思う。
皆さんの本音は何ですか?
誰にも話せない気持ちを、顔の見えない相手に話してみるオンラインカウンセリング「Kimochi」
今日もお付き合いいただきありがとうございました。
ではでは。
