今まで、ミミちゃんがいなくなった生活を送っていて、少しずつ落ち着いて…嘘ですね。落ち着いてはいません。
今でも、お天気の良い日は、ミミちゃんお気に入りの窓辺にお気に入りの毛布を敷いてミミちゃんのお骨を日向ぼっこさせています。
そのたびに、ミミちゃんがそこで寝ているような…。PCを打っていて、顔を上げると窓辺かソファの上にいたミミちゃん。いまだにその姿が目に浮かぶし、姿を探しいるねこがいます。
でも、ミミちゃんの最期をちゃんと書かないと、いつか忘れてしまうから…。
ミミちゃんの体調がおかしくなったのが、昨年12月25日くらい。後ろ足が曲がらなくなったみたいで、後ろ脚を伸ばしながらよろよろと歩き始めました。それでも、自力で水を飲んで、ご飯も食べて、おやつは水分補給用や高栄養食をおいしそうに食べていました。
トイレは、たどり着かなかったり、トイレの段差が難しくなったので、スロープを作ったり、トイレの周りにペットシートを敷き詰めてどこでもできるようにしていました。
それでも、ソファに上ろうとしたり、一人でトイレに行こうとしたり…自立心の強い子だったんですね。ねこが、体を支えるようにして歩いてトイレに行ったりご飯を食べたり、ソファを上るのは難しかったので、ステップを買いましたが、そこから落ちてしまったので、ソファの上り下りは抱っこしていました。
翌日、病院に連れて行ったら「ミミちゃん、いくつでしたっけ?」と聞かれたので「今、19歳で、来年20歳です」といったら、少し申し訳なさそうに「もう、かなり体が衰弱しています。水分も足りていないし、もう、今の段階で多臓器不全です。」と言われました。
「それで、どんな治療をすればよいですか?毎日、点滴に来ます」と言ったら「今から、どこが悪いと調べることはミミちゃんにとって負担をかけるだけなので、点滴で水分と栄養と少しお薬を入れてみましょう」「それって、どういう意味ですか?治りますか?」と聞いたら「お薬が効いても、もう難しいと思います。年齢的にも…」と言われました。でも、「ミミちゃんの最期が近い」ということが納得できず、治った時のために爪も切ってもらい、点滴を終えたミミちゃんを連れて帰ってきました。
ねこのなかでは、まだ、ミミちゃんが死ぬということが実感できず、とりあえず、お気に入りの場所で日向ぼっこをさせてあげたら、急に発作で苦しみだしました。ミミちゃんはてんかんっぽい発作を起こすことがあるのですが、いつもと違う発作でした。
少し落ち着いてから、再度病院に行ったら「もうお薬も無理ですね。もし、また、発作を起こしたら鼻から注入する薬で発作を抑えてください。体温もとても低いので湯たんぽなどでとにかく温めてあげてください」と言われて薬をいただいて帰りました。その時に、療養用のご飯を「これを食べさせてみてね」といわれて、いただきました。
それから、ミミちゃんは、ソファから動くことができず、体温を上げるためにねこのチューブになっている湯たんぽで体の周りを温め、毛布を掛けて、とにかくそばにいました。
もう、自力でトイレに行くこともできないので、体の下にペットシートを敷いて、数時間おきに湯たんぽのお湯を変えて、ときどき、療養食をお湯で薄めてシリンジであげるようになりました。
そして、とにかく、ずっとミミちゃんに話しかけていました。我が家にやってきたときのこと。
ミミちゃんは、一度里親に出されたのですが、先住猫と合わず、出戻りしてきた子だったそうです。そして、診てもらっている病院の診察室のゲージに入っていたところをねこパパが、もらい受けてビニール袋に入って我が家にやってきました。
長毛で毛がふさふさだったのに、一度、何を思ったのかお風呂にダイブして、救助して乾かしたら、長毛だけどふさふさではなくなってしまったこと。
2度、脱走したけれど、何事もなかったように家に帰ってきたこと。
人間とは、ちょっと距離をとるけれど、来る猫には優しい子だということ。
今は、年も取って甘えん坊になったこと。どんなご飯が好きだったか。朝のおやつを食べるために、朝5時からねこの顔をたたいて起こしていたこと。
冬は、必ず、ねこの布団に入ってきてねこにぴったりくっついて、ねこの腕を枕にして寝ていたこと。ときどき、ササちゃんと場所取りのけんかをしていたこと。ねこの腕も体も朝、起きるとバキバキだったこと。ミミちゃんがとっても暖かく柔らかかったこと…
同じことを何度も何度も繰り返し、ミミちゃんに話し続けました。
翌日、子供たちが「これ以上、つらい思いをさせるなら、安楽死っていう方法もある」と言い出し、ねこは、信じられないまま、もう一度、ミミちゃんを連れて病院に行きました。
そして、お医者さんに泣きながら、その話をしたら「もう、ミミちゃんのそばにいてずっと話しかけて見守ってあげてください。それがミミちゃんのためです」と言われました。
ねこも、子供たちに言われて心が揺れたけれど、お医者さんに「ミミちゃんは、もう、あまり苦しくないですか?このままでいいですか?」って泣きながら聞いたら「このままでいいです。もう、苦しくないですよ。多分、年内には…」と言われ、ミミちゃんを連れて泣きながら帰ってきました。
寒い中、外に出してごめんね。早く家に帰ろうね。ってずっと背中にいるミミちゃんに話しかけながら…
家に帰ってから、ミミちゃんの定位置となったソファで、ミミちゃんを温めながら、時々、ペットシートを変えて、水分補給と栄養をシリンジで上げながら、ずっと話し続けました。
一度、呼吸が荒くなり、辛かったのか、ねこの差し出した手を噛んでしまったとき(もちろん甘噛みでした)「あ、ごめんなさい」って顔をして…「辛かったら嚙んでいいからね」とミミちゃんにささやきました。
ねこの手のひらに頭をのせていると楽なのか、ミミちゃんはずっと、ねこの手のひらに頭をのせて、ねこのほうを向いて黒目勝ちの目でじっとねこを見ていました。
もう、ご飯も食べられない、トイレも自分で行かれない。もしかしたら、もう、目も見えてないのかもしれない。でも、人間でも、最後まで残るのは聴覚だと聞いたことがあります。
だから、ミミちゃんもねこの声は聞こえているのかもしれない…
ミミちゃんの頭を掌に乗せたまま、ずっとずっとミミちゃんに話しかけました。同じ話になってしまうけれど、ずっとずっと…
ミミちゃんも話を聞くみたいにねこをずっと見ていました。
ミミちゃんとの2日間は、ずっとそばにいて、ねこはご飯も食べず、お茶だけ飲んで、とにかくずっとずっと…
ミミちゃんに話していれば、ミミちゃんがずっと生きていてくれる…そんな思いを抱いて。
でも、28日の夜、いつものように湯たんぽを変えたり、ペットシートを変えて、もう、水も栄養食もほとんどとらず、それでも、ねこの手のひらに頭をのせ、ずっとねこの顔を見てねこの話を聞いてくれていました。
だけど、ちょっと、苦しそうな呼吸をして、そのあと、静かに呼吸をして、ねこの顔を見て…ねこは「まだだよ。まだ早いよ。まだ話が終わってないよ。逝かないで。」
「でも、逝くんだね。今まで、ありがとうね。また、ねこのところに帰ってきてね。ミミちゃん、またね」
ミミちゃんの呼吸が、すぅっと止まりました。ミミちゃんの体に顔を埋めると、とくんとくんと言っていた心臓が、止まりました。最後まで、ねこの顔を見ていてくれました。
最後に、水のようにきれいなおしっこをして、体の中をきれいにして、ミミちゃんは逝ってしまいました。
今でも、ミミちゃんのことを思い出すと、最後の黒目勝ちの目でねこの話を聞いてくれていたミミちゃんを思い出します。
そして、家のいたるところにミミちゃんの思い出があります。
まだ、ミミちゃんのことを人に話すことができません。
この秘密基地に載せたのも、自分の気持ちを吐露したかったんだと思います。
今は、後悔しかありません。もっと、頻繁に病院で検査をしていれば…おかしくなった時にすぐに病院に行けば…ねこのところじゃなくて、もっとちゃんとしたおうちの子だったほうが幸せだったのではないか…
後悔が波のようにねこを飲み込みます。
ミミちゃんが逝ってしまってから、夜、ベランダに出したハンモックに揺られて空を見るようになりました。
少しの時間、ミミちゃんを思い出しながら、月に一番近い星に話しかけます。曇っていても、雲の切れ間から星が見えます。
雲の上には星があるんだなぁって思いながら、心が凪のようになるまで、静かに揺られています。
ミミちゃんに会いたい。ミミちゃんに会いたい。
そう思いながら、ねこの部屋の窓を見ると、心配そうにねこを見ている花ちゃんがいます。
ねこと同じようにミミちゃんを探して鳴いているササちゃんがいます。
いないのはミミちゃんだけです。
そして、時間だけが流れていきます。
