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猫は「死」に対する概念を持っているのか

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逝く瞬間、何を想うのか。
残されたものたちは何を想うのか

猫は「今」を生きている動物だから「死」を理解していないという。
それは、本当なのか

おはようございます。ねこです。

今日は少し重いテーマですが、猫を飼っているすべての人が思っていること、考えていることだと思います。

もちろん、ねこも。

よく、猫は「今を生きる動物」とよく言われます。そのため「死という概念を持たない」と説明されることがあります。

けれど、動物行動学では「死の理解」は次のように定義されます。

その状態が
・元に戻らない
・取り消せない
・終わりである
と認識できているか

この意味において、猫は死を理解していると考えられています。

猫の脳は、呼吸、体温、におい、動き、反応といった情報を組み合わせて「生きているかどうか」を判断します。そしてそれが不可逆的に変化したとき、「何かが終わる」ことを察知します。

目次

死が近い猫がとる行動

終末期の猫には、世界中でほぼ共通した行動パターンが見られます。

1. 安全な存在のそばに行く

死が近づく猫は、いちばん安心できる人や場所の近くにいようとします。触れられる距離、声が届く距離を選びます。

これは「ここが最後の安全基地」と脳が判断している行動です。

2. 目を見つめる

終末期の猫は、飼い主の目を長く見つめることが多くなります。これは単なる甘えではなく、社会的つながりを確認する行動です。

3. 静かに動かなくなる

猫は本能的に弱った姿を隠します。死が近づくと、鳴かず、動かず、呼吸を整えるような姿勢になります。これは身体が「終末モード」に入ったサインです。

4. 意識は最後まで残る

呼吸が乱れても、猫の脳は音や声、触覚に反応しています。話しかける声、触れる手は、最期まできちんと届いています。

逝った直後、側にいる猫は何をするか

多頭飼育の場合、残された猫たちはほぼ必ず次の行動を取ります。

  • 亡骸のにおいを嗅ぐ
  • じっと見つめる
  • 前足で触る
  • 呼ぶように鳴く

これは「確認行動」と呼ばれています。

猫はこの行動を通して、「この個体はもう反応しない」「戻らない」と理解します。

そのため、突然姿を消すよりも、亡骸を見せた方が、残された猫の混乱とストレスは少なくなります。

その後に起きる「猫のグリーフ」

数日から数週間、残された猫には以下の変化が起きることがあります。

  • 探す
  • いつもの場所に行く
  • 鳴く
  • 食欲が落ちる
  • 甘えが増える、または引きこもる

これは人間と同じ“悲嘆反応(グリーフ)”です。

猫も「大切な存在を失った」ことに心と体で適応しようとしているのです。

猫たちは、ただ本能で動いているのではなく、失った存在を心と体で受け止めながら、時間をかけて元の世界に戻ろうとしています。

その過程を、そばで見ている人間にできることも、決して少なくありません。

そのとき飼い主ができるケア

猫たちが見せる混乱や悲しみは、時間とともに少しずつ変化していきます。そのそばで、飼い主がどう関わるかは、残された猫たちがこの出来事を受け入れていく過程に大きく影響します。

1. きちんとお別れをさせる

可能であれば、亡くなった猫を他の猫たちに見せてください。突然消えるほうが、心に大きな混乱を残します。

2. 匂いをしばらく残す

ベッド、毛布、毛のついたものをすぐに片付けない。匂いは現実を受け入れる手助けになります。

3. いつもの生活リズムを守る

ごはんの時間、声かけ、寝る場所。日常のリズムが猫の心を支えます。

4. 構いすぎず、放置しすぎない

そばにいて、でも無理に抱かない。静かに話しかける。これが一番のケアです。

5. 飼い主の感情を隠さない

猫は人の感情を環境として感じ取ります。静かに悲しむことは、猫にとっても自然な空気です。

まとめ

猫は「死」という言葉は知らなくても、終わりが来ること別れが起きることを理解しています。

逝く猫は安心できる場所を選び、つながりを確認しながら旅立ち、残された猫たちはその事実を確かめ、喪失として受け止め、時間をかけて適応していきます。

それを支えるのが、そばにいる人間の役割です。

最後に

今日、この記事をあげたのは、今日が、ミミちゃんの四十九日だったからです。

昨年末、突然、体調が悪化し、医者から「あと少し。年内持つかどうか」と言われました。そこから、ミミちゃんは、ほんのちょっとだけ頑張りましたが、12月28日22時28分、ねこの手のひらに頭を乗せ、黒目勝ちの目でじっと、ねこを見つめ、ねこが話しかける声を聞きながら、まるで、「わかってるよ。聞いてるよ」って顔をしながら静かに心臓が止まりました。

すぐにお知らせできなかったのは、いまだにねこの心の中で整理ができていないからです。ただ、猫にもあるのかは知りませんが、今日は、四十九日。ミミちゃんの魂が、虹の橋まで行ってしまう日です。

節目として、今日、ご報告させていただきたいと思います。

ミミちゃんは、冬は窓際で日向ぼっこをするのが大好きでした。今も、お骨を日向ぼっこさせています。その横には、花ちゃんが寄り添うようにいます。(生前は相手にしなかったクセに(笑))

いつも、ねこの布団に入ってきてねこの腕枕で寝ていました。その重みがないのが悲しい。寝返りが打てるのが辛い。そして、少しずつ、ミミちゃんの気配がなくなっていくのが辛いです。

「あのとき、何かもっとできたのでは」「もっと好きなものを食べさせてあげればよかった」「もっと甘えさせてあげればよかった」飼い主の後悔は、ずっとずっとさざ波のように寄せては返し、その瞬間に引き戻されていきます。

4つだったご飯の器が3つになる。ミミちゃんが大好きだったおやつばかり買ってしまう自分がいる。

人に「やれることはやったでしょう」と言われても、気持ちは追いつきません。それは、猫が言葉を持たないから。

人間なら「ねこは、延命措置はしない。積極的治療もいらない」と明言できますが、猫は、どうして欲しいか言ってくれません。

そして、そっと離れて逝ってしまうんです。

ミミちゃんがウチの子で幸せだったのか、一生、問い続けると思います。

これが、猫を飼っている人の一番、辛いことだと思います。でも、人間は勝手なもので、その辛さ以上に、一緒に過ごした時間を思い出して少しずつ傷をふさごうとするんですよね。

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