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これってわがままなの?50代女子が自分を大切にするときに迷うこと

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自分を大切にすることは、誰かを粗末にすることではありません。

わがままに見えることの中に、心が折れる前の小さなSOSが隠れていることがあります。

こんにちは。ねこです。

50代になると、「これってわがままなのかな」と迷うことが増えませんか。

本当は休みたい。本当は今日は何もしたくない。本当は少しひとりになりたい。本当は誰かに任せたい。

でも、いざ口に出そうとすると、「迷惑かな」「イヤな人だと思われるかな」「わがままかな」と考えてしまう。

若いころより経験も増えて、周りから頼られることも多くなる。なのに、自分の本音だけは、なぜかどんどん小さくなっていく。周囲の顔色をうかがってしまう。

今日は、50代女子がつい飲み込んでしまう「わがまま」と「自分を大切にすること」の違いについて、ねこなりに考えてみたいと思います。

目次

「これってわがまま?」と迷うことが増えてくる50代

50代は、わがままを言えない年齢なのかもしれません。

家では母として、妻として、娘として。職場では、できる人、気が利く人、頼りになる人として。

気づけば、自分より先に誰かの予定を考えている。誰かが困る前に動いている。自分の疲れには気づかないふりをしている。

それが悪いわけではありません。人を思いやれるのは、ねこ達50代女子の強さでもあります。

でも、その優しさが当たり前になりすぎると、いつの間にか自分だけが後回しになります。

「これくらい私がやればいい」

「言わないほうが丸くおさまる」

そうやって小さな我慢を積み重ねているうちに、ある日ふっと、心が動かなくなることがあります。

ねこは、ミミちゃんが亡くなったとき、猫娘夫婦が何も言ってくれなかったことをいまだに思ってしまいます。もしかすると、何も言わないことが彼らの優しさだったのかもしれないけれど、ねこは「寂しいね」「ミミちゃん、頑張ったね」ってねこの気持ちに共感してほしかったです。

そのときから、ずっと「何かが違う」「家族って何?」って自問自答しています。

「頼られて当たり前」の中で、自分の声が小さくなる

50代になると、いつの間にか「頼られて当たり前」「何かをやってあげて当たり前」みたいな立ち位置になっていることがあります。

家でも、職場でも、親のことでも、子供のことでも、気づけば自分が動いている。

誰かに強く命令されたわけではないのに、つい先に気づいて、つい先に手を出して、つい自分のことを後回しにしてしまう。

まるで、いつもそこにいる便利な透明人間みたいに。

きっと周りの人も、悪気があるわけではないのだと思います。

「もっとわがままを言っていいんですよ」

「頼ってください」

そう本心から言ってくれている人もいるはずです。

でも、いざ「じゃあ、少しわがままを言わせてもらうね」と思っても、そこで出てくるのは、結局また遠慮したわがままだったりします。

本当はもっと休みたいのに、「少しだけ手伝ってもらってもいい?」くらいで止めてしまう。

本当は今日は無理なのに、「遅くなるけどやっておくね」と言ってしまう。

それは優しさでもあるけれど、自分を置き去りにする癖でもあるのかもしれません。

ねこは、猫娘夫婦の間に子供ができてから、当然のように毎日の夜ご飯を作るようになりました。最初は、「産後1か月はやるね」って言っていたのに、今では当然のように…。

たまに猫娘が作ると猫息子は「今日のご飯、おいしいね~。猫娘が作ってくれたの?ありがとう。大変だったね」とか言ってる。ねこは?ねこは、毎日、買い物をしてご飯を作っているよ?

だから、最近は、わざと夕食を作る時間帯に予定を入れたりして、ささやかな抵抗を試みることもあります。

わがままと自分を大切にすることは違う

わがままというと、誰かを困らせること、自己中心的にふるまうこと、相手の気持ちを考えないことのように思えます。

でも、自分を大切にすることは、それとは違います。

疲れているから今日は休む。

気が進まない誘いを断る。

ひとりの時間がほしいと言う。

全部を引き受けず、できないことはできないと言う。

それは、誰かを粗末にしているのではありません。自分の心と体を、限界まで使い切らないための選択です。

むしろ、自分をすり減らしすぎると、最後には人にも自分にも優しくできなくなります。

「いい人」でいようとして苦しくなるときは、こちらの記事にもつながります。

「いい人」でいるのをやめたら、心がふっと軽くなった

人に迷惑をかけていないのに、なぜ罪悪感が出るのか

不思議ですよね。

誰かにひどいことをしたわけでもない。約束を破ったわけでもない。人に大きな迷惑をかけたわけでもない。

それなのに、自分の希望を少し言っただけで、胸の奥に罪悪感が出てくることがあります。

たぶん、それだけ長い間「自分より周りを優先すること」に慣れてきたからです。

自分の気持ちを出すことに慣れていないと、ほんの少しの希望でも、まるで大きなわがままを言ったように感じてしまう。

ねこも、夕食を作り時間帯に予定を入れることに罪悪感を感じることもあります。でも、猫娘も少しずつ日常に戻っていく時間が必要だと思ったし、ねこ自身もこれ以上、自分の心にふたをし続けると、もっと苦しくなりそうな気がしました。だから最近は、少しずつ距離をあけるようにしようと思ったんです。

だから、自分を優先しようと思うときに感じる罪悪感は、必ずしも正しいサインではないと思います。

ただ、これまでの癖が反応しているだけのこともあります。

誰にも言えない本音を抱え込んでしまうと、気持ちは同じところをぐるぐる回りやすくなります。

友人や家族には言いにくいことを、匿名で整理できる場所があると、少しだけ心が軽くなることもあります。ひとりで抱え込みすぎないための選択肢として、オンラインカウンセリング「Kimochi」を知っておくのも、心を守る方法のひとつです。

ねこも、月に1回、メンタルクリニックに行っています。10分くらいしか話を聞いてもらえませんが、それでも、「無理をしないように」「頑張りすぎないように」って人に言ってもらうだけで少しだけ心が軽くなるような気がします。

50代からは、自分の体力と心の余白を守っていい

若いころのように、気合いだけで乗り切れない日が増えてきます。

寝不足が続けば顔に出る。無理をすれば体に出る。人に合わせすぎると、あとから心が重くなる。

それは弱くなったからではなく、自分の体と心が「そろそろ大切に扱って」と教えてくれているのだと思います。

だから、50代からは、自分の余白を守ることをもっと大事にしていい。

半日だけ自分のために使う。おいしいものを食べる。少しきれいな場所でお茶を飲む。誰にも合わせない時間を持つ。

もっとできれば、一人旅をしてみる、それが無理なら、ひとりでホテルに1泊滞在してみる。好きな時間に寝て好きな時間に起きる。好きなものだけを食べる。

それでも、実際にやろうと思ったら、「あれを終わらせておかないと」「家族のご飯はどうしよう」「母のデイサービスの送迎の調整をしないと」とか、いろいろ頭に浮かぶと思います。そして、やっぱり無理かなって思ってしまう。でも、それは贅沢ではなく、自分を立て直すための時間です。

ひとり時間の使い方に迷うときは、こちらの記事も近い気持ちで読めると思います。

50代女子の一人時間の過ごし方|寂しさも自由も大切にするヒント

そして、自分のために少し特別な時間を選びたいときは、レストランやスパ、ホテルステイを眺めるだけでも気分が変わります。

私がいなくても世界はまわる。だから少し自由にしていい

少し残酷なことを言えば、どんなに「私は家でも会社でも必要とされている」と思って頑張っていても、ねこ達がいなくても、家も会社も世界もまわっていきます。

ミミちゃんがいなくなっても、今日は終わるし明日が来る…当然のことなんですよね。

でも、それは、自分に価値がないという意味ではありません。ねこの中ではミミちゃんの価値だって消えません。

ただ、自分が思っているほど、すべてを背負い込まなくてもいいということなのだと思います。

私がやらなきゃ。私が我慢しなきゃ。私がちゃんとしていなきゃ。

そう思って頑張り続けてきたけれど、本当は、少しくらい手を抜いても、少しくらい休んでも、世界はちゃんとまわっていく。

大切なものを失っても、朝は来ます。ごはんも食べる。洗濯もする。日々は続いていく。

それは寂しいけれど、同時に、ねこ達がもう少し自由にしてもいいということでもあります。

自分を甘やかせるのは、結局、自分だけです。

自分の機嫌を見てあげるのも、心が折れそうなことに気づいてあげるのも、本当は自分しかいないのだと思います。

自分を守れるのは、自分だけなんです。悩みが深いほど、人には相談できなくなってくるお年頃になって、ねこは、つくづく思います。結局、ねこはひとりだし、ねこの人生を決めるのはねこだけなんだなって。

もちろん、猫娘家族がいます。親もいます。友達もいます。でも、ねこはひとりです。

「人は生まれるときと死ぬときはひとり」っていう言葉の重みがわかるようになってきました。

大切な存在との日々を思うときは、猫との暮らしの記事にもつながります。

猫と暮らす日々は、当たり前じゃない|50代女子の静かな実感

空回りしてしまうときは、伝え方を少し変えてみる

とはいえ、「私はこうしたい」と急に言うのは、やっぱり勇気がいります。

だから最初は、小さくていいと思います。

「今日は少し休みたい」

「それは今すぐにはできない」

「少し考えてから返事をするね」

「これ、お願いしていい?」

このくらいでも十分です。

いきなり大きなわがままを言う必要はありません。

自分の本音を全部ぶつけるのではなく、まずは自分の状態を少しだけ伝える。

それだけでも、人間関係は少し変わります。

恋愛でも、人との距離感でも、「無理をしない」ことは大切です。

50代女性が恋愛を面倒に感じる理由|それでも心に張り合いを持ちたい

自分を大切にする選択を、少しずつ許していく

50代からのわがままは、誰かを困らせるためのものではありません。

ずっと頑張ってきた人が、心が折れる前に出す、小さな声なのだと思います。

本当は休みたい。

本当は今日はやりたくない。

本当は少しだけ、自分を優先したい。

その気持ちをなかったことにしないでください。

全部を投げ出さなくてもいいし、急に強い人にならなくてもいいし、それはできないって思ってしまうでしょう。

でも、今まで自分が我慢していたことを自分だけでも認めてあげてください。

そして、心の中で「そう思ってもいいよ」「無理しなくていいよ」「それが正解だよ」と自分に言ってあげる。

そこからで十分です。

ねこ達50代女子は、もう少し自分を甘やかしていい。

それはわがままではなく、これからも生きていくための、静かな準備なのだと思います。

自分を大切にすることに、まだ少し罪悪感がある夜は、無理に答えを出さなくてもいいと思います。

温かい飲み物をゆっくり飲んで、「今日はこれでよかった」と自分に言ってあげる時間も、50代女子には必要です。

「しんどいな」って思うことが増えてきたら、ちょっと立ち止まって、空を見て深呼吸する。そして、頑張らないことを選んでみる…。

ねこは、人に「頑張ってるね」って言われなくなっても良いので「頑張らない自分が好き」って思えるようになりたいと思っています。

皆さんも、ちょっと休憩して心と体を休ませてあげてくださいね。

それだけで、ものの見方が変わるかもしれませんよ。

今日もお付き合いいただきありがとうございました。

ではでは。

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