「それでも……これからの物語を紡がないか」
マスターの言葉に、彼女は少し照れたように微笑む。
「そうね。時間はたくさんあるもの。ゆっくり行きましょう」
「ただ一つ、僕たちの間にいた宝石のような存在も、ここに来ていたんだよ。名前はsama’」
彼女の瞳が潤む。
「……空が、いたのね」
「ああ。だから僕は一人じゃなかった。そして、これからは二人で歩いていこう」
マスターは彼女を静かに引き寄せ、そっとドアを開けた。
その瞬間、店内には消えかけたキャンドルと、ほのかなコーヒーの香りだけが残った。
誰も占うことのないコーヒー占いのデミタスカップの底には、たしかに「決して離れない」という影が映っていた。
しばらくして、そのCaféは空き地となっていた。
裏道を歩く少女たちが立ち止まる。
「ねえ、ここって何があったんだっけ?」
「空き地になると、すぐにわからなくなっちゃうよね」
そう言って笑い合いながら進もうとしたとき、子猫の鳴き声がした。
少女たちは顔を見合わせ、空き地に足を踏み入れる。
そこには、寄り添うように咲く二輪の白い花。
その傍らで、真っ白な子猫が二匹、無邪気に遊んでいた。
「ママに猫を飼いたいって頼んでるの。最初は反対していたけど、本当はママもパパも飼いたかったみたい。だから、今度譲渡会に行くって言ってた。この子たちを飼ってもらおう!」「そうだね。せっかく仲良しなのに、引き離すのは可哀想だもん。それに、こんなに小さくて、このまま、ここに置いていったらきっと生きて行かれないよ!」
そう言って、少女たちはまるで宝物を抱くように、それぞれ子猫を抱きかかえ急ぎ足で去っていった。
数日後。
「ねえ、子猫の名前決まった?」
「うん。ブルーの瞳の男の子は〈空〉。グリーンの瞳の女の子は〈リョウ〉ちゃん」
「わあ、可愛い! 今度見に行ってもいい?」
「もちろん!」
春の風のように駆け抜ける少女たちの背中を、柔らかな陽射しが包む。
その後ろで――誰にも聞こえない優しい笑い声が、ふと響いたような気がした。
