夜更けのCafé。
マスターはひとり、磨き上げたカップを静かに並べていた。
ふと、カウベルの音が「カラン」と鳴り、夜気とともに懐かしい香水の香りが漂い込む。
顔を上げたマスターは、思わず手のカップを落としそうになった。
そこに立っていたのは、ずっと探して探して、それでも諦めきれずに待ち続けた唯一の女性。
彼女は微笑みながら、小さくつぶやいた。
「やっと…見つけた」
時が止まったように二人は見つめ合う。
少しでも空気が揺れたら、互いの姿が消えてしまうかのように。
やがて彼女が言った。
「座っても?」
「もちろん、ここはあなたの場所だ」
マスターの声は、静かな震えを含んでいた。
彼女は店内を見渡し、懐かしむように言葉を重ねる。
「すべてが私好みなのね。覚えていてくれたのね。このキャンドルの香りも、トルココーヒーの粉も、淹れ方も……」
そして、少し悪戯っぽい目を向けて言った。
「でも、一つ足りないものがあるわ。トルコ絨毯がないの」
「忘れていたよ」
くすっと笑うマスター。その笑みに、ふたりを隔てた長い年月が溶けていった。
「お互い、長い時間を探し続けたわね。時代が悪かったのよ。もちろん父も……」
「……」
「でもね、私はあなたよりひどい目には遭わなかったと思う。ずっと暗いところで、あなたを探し続けていた」
「僕もだよ。君を探し続けた」
「時々思うの。もし違う時代、違う場所で出会っていたら、私たちはどうなっていたんだろうって」
彼女はそう言って、カップの中のトルココーヒーを見つめ、肩をすくめた。
「でも、私たちはアイスコーヒーなのよね。未来を占えないから」
その声は、寂しげにかすれた。
