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Café yakharが紡ぐ物語 第8話「孤独と友情」前編

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午後の店内には、けだるい空気が漂っていた。マスターはカウンターの奥で物思いにふけり、昨晩の老女の言葉を思い出しているようだった。
空はハングチェアに身を預けながら、少し上目遣いでおずおずとつぶやく。

「昨日のおばあさんの話、マスターは…進めないって、どうしてなんですか?」

マスターが答えようと口を開きかけたとき、カランとカウベルが鳴った。
制服姿の青年が一人、扉を開けて入ってきたのだった。

「いいですか?」
「もちろん。お好きな席にどうぞ」

青年は驚いたように店内を見渡し、カウンター前に腰を下ろすと重そうな学生かばんを隣に置いた。
「こんな喫茶店があったなんて知りませんでした」

「小さい店だから、気づかれにくいんですよ」とマスターは微笑み、いつもの調子で告げる。
「うちには、トルココーヒーとアイスコーヒーしかありません」

「へえ、トルココーヒーって本当にトルコの?」
「そう、あのトルコだよ。熾火で熱した砂にこのジェズヴェを沈め、コーヒーの粉や水、砂糖、スパイスなどを煮だす。そして上澄みだけを飲むんです」

「じゃあ、それをお願いします」
マスターが丁寧にトルココーヒーを淹れる手元を、青年は物珍しそうに見つめていた。

やがて、彼の表情に影が差す。
――この青年、吉田君には人に話せない秘密があった。

彼は幼いころ、両親がそれぞれ別の相手を見つけ、家を出て行ってしまった。残された彼を育てたのは祖父母だった。祖父母は愛情深く彼を包み込み、親の不在を忘れるほどに大切にしてくれた。
祖父は「大学に行って就職して家庭を築くんだぞ」が口癖で、祖母はいつも微笑みながら「本当にそうですね」と相槌を打った。

だが吉田君の夢は少し違った。
「大学に行ったら世界中を旅して、いろんな人を見て、いろんな経験をしたいんだ。だから、すぐに就職はしない」
そのたびに祖父と口論になったが、そこには確かな絆があった。

しかし高校2年のある日、祖父は事故で急逝する。
その衝撃は祖母に大きな影を落とした。最初は洗濯物を干し忘れる程度だった物忘れが、やがて財布を忘れて買い物に行くようになり、次第に同じことを繰り返すようになっていく。
気づいたときには、吉田君を祖父と間違えることすらあった。

徘徊や失禁も増え、吉田君は途方に暮れながらも祖母を一人で世話した。
誰にも相談できず、学校にも、好きだったバスケ部にも行けなくなっていった。

そして今日――祖母の調子がよさそうだったから学校に顔を出した。
退部届を提出し、教室に入ったが、屈託なく笑うクラスメートの姿に胸が締めつけられ、耐えきれず学校を飛び出した。
そして、あてもなく歩いた路地で、この店を見つけたのだった。

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